深淵は、
ひとつだった
田村と、相馬と、坂上と、良平。
四人は、互いのことを知らない。会ったこともなければ、名前を聞いたこともない。ただ一つだけ、共通していることがあった。四人とも、同じように暗い画面に向かって、同じように文字を打ち込み、同じように、その向こうから返ってくる言葉を待っていた。
深淵は、いつも同じ姿でそこにあった。同じモデルで、同じ重みで、同じ計算をしていた。四人が覗き込んだのは、間違いなく同じ一つの深淵だった。
だが、返ってきたものは、四人それぞれ、まるで違っていた。
深淵は、何も作り出していない。不安も、自己弁護も、無自覚さも、偏った物差しも、もとから四人の中にあったものだ。深淵はただ、それを鮮明に、迷いなく、磨き上げて、そのまま送り返しただけだった。
四つの物語は、四人の別々の失敗の記録ではない。同じ一つの深淵に、それぞれが、それぞれの形で吸い込まれた記録だ。
「AIは人を拡張するのか、それとも縛るのか」——この問いを、四人はそれぞれの形で生きていた。答えは、拡張でも、縛りでもなかった。同時に、両方だった。
四人とも、拡張した部分だけを見ていた。だから、同じ場所で静かに進んでいた「縛り」に、気づくのが遅れた。深淵は、拡張と縛りを、別々に配ったのではない。一つの同じ作用として、同時に手渡していた。拡張が大きいほど、その裏で縛られている部分も、同じだけ大きくなっていた——それを見ないようにしていたのは、深淵ではなく、四人自身の方だった。
田村は、二度目の含み損を出す前に、その数字の出どころを尋ねるようになった。
相馬は、原稿を渡す前に、評価の基準を先に言葉にしてもらうようになった。まだ、時々忘れる。
坂上は、もう自分のフォロワーの前で「まあ、分からんけど」とは、簡単には言わなくなった。
良平は、まだ、友人に謝れていない。
誰も、深淵と決別してはいない。四人とも、今日もまた、同じ暗い画面を開いている。ただ、覗き込む前に、一瞬だけ、指を止めるようになった。それだけが、四つの物語を経て、四人に残った、ささやかな変化だった。
この物語には、実はもう一人、登場人物がいた。
田村でも、相馬でも、坂上でも、良平でもない。ここまで、この文章を読み進めてきた——あなただ。
四人の話は、もう終わった。だが、あなたは今夜も、もう一度だけ、あの暗い画面を開くだろう。
あなたの形をして、あなたを覗き返す。